プロフィール


株式会社フィールビート 代表取締役
NPO法人ブラストビート 創業者・理事
ギフト経済ラボ 共同創業者
NPO法人オトナノセナカ 理事
明星大学 教育学部で小・中高(社会科)の教員免許取得。(現在、幼稚園教諭免許を取得中)
日本大学 法学部 政治経済学科(3年次)

16歳~26歳までバンドマン(経験職種は30以上)。

「大前研一のアタッカーズ・ビジネススクール」で勉強した後、株式会社ビジネス・ブレークスルーのスタッフとしてビジネススクールのマーケティング・運営、株式資産形成講座、実践英語講座、BBT出版の立ち上げなどを経験。

2006年(27歳)に0から1を創るマーケティング会社「株式会社フィールビート」を立ち上げる。また、その傍らでカンボジアやフィリピンなどでNGO・国際協力活動などもする。

2009年からは中学・高校・大学生に生きる力を届ける団体「NPO法人ブラストビート」の代表理事として、キャリア教育や高校生インターンシップ、音楽イベントを立ち上げ寄付する起業体験プログラムを学校や子ども達に提供。

2012年から、優しさや恩送りが循環する社会をつくる活動「ギフト経済ラボ」を仲間と立ち上げ、「あなたの食事代は前に来た方が支払ってくれています」というコンセプトのレストラン「カルマキッチン」などを運営。

その他にも幼児と親が共に学ぶNPOオトナノセナカ理事などNPOやソーシャルな活動に数多く関わっている。

松浦貴昌 人生の足跡


子ども時代

生き物(とくに虫や魚)が大好きな子ども。今でいうADHD(注意欠陥多動性)の凸凹の個性を持っていたため、ランドセルを忘れるなどの不注意や衝動的に動いてしまうことも度々あった。小学校時代は空気があまり読めず孤立化することも。

中学校時代

いじめられていた時期があり不登校も経験。先生に相談したところいじめがひどくなり、精神的にどん底を味わう。心の支えは漫画やゲーム、そして家族。中学2年生から新聞配達のアルバイトを始める。

高校時代

高校1年でバンド(Bass)に誘われる(そこから10年間のバンドマン人生)。高校でオリジナル曲をつくり、自分達で主催しライブハウスでライブをする。「TEENS‘ MUSIC FESTIVAL」地区大会で優秀賞受賞。高校まで全て公立校。

バンドマン時代

高校卒業後、名古屋のインディーズ事務所に所属しつつ、音楽活動を続ける。その間アルバイトで一人暮らしの生計を立てつつだったので、仕事の掛け持ちをしながらの音楽活動であった。経験職種は30種類以上(道路工事、建築、パチンコ屋、パブの店員、日雇い労働、印刷工場、スーパーの青果、植木屋など)。インディーズ事務所でお世話になったお姉さんが目の前で急性アルコール中毒で亡くなることやバンドの後輩の突然死などがあり、死生観がつくられていく。

バンドからビジネスへ

東京のインディーズ事務所に所属することになり名古屋から上京する。CD・DVDの発売や全国ツアー、渡米なども経験する。25歳の時に、父親の事業がうまくいかなくなり実家が競売にかけられることになり、自身の実力の限界も感じバンドを脱退。家族に恩返しがしたい一心で26歳でビジネスの世界に飛び込む。ただ学歴や職歴がないがためにエントリーシートを出してもことごとく落とされ、面接すら受けられない苦しい状況であった。

ビジネススクールから起業

ビジネスについて何も知らないと思い、大前研一氏のアタッカーズビジネススクールで2つの講座を同時に受講。卒塾後に株式会社ビジネス・ブレークスルーのスタッフとして誘われ、ビジネススクールのマーケティング・運営、株式資産形成講座、実践英語講座、BBT出版の立ち上げなどを経験。27歳(2006.6)の時に0から1を創るマーケティング会社「株式会社フィールビート」を立ち上げる。新会社や新規事業の立ち上げ、ベンチャーや中小企業の支援、社会人教育や研修講師などに従事。(現在も継続)

国際協力やNPO活動の目覚め

2007年に金沢のハートエキスポにコアメンバーとして参加。カンボジア、ミャンマー、スリランカの子ども達と寝泊まりを共にしながら音楽イベントをつくりあげる。これがきっかけで心を入れ替え、カンボジアでの人道支援の活動を始め、同時に財団法人FASIDの「NGO国際協力基礎講座」や「NGOディプロマコース」を修了。カンボジアでは孤児院や小学校を回りオリジナルの絵本の読み聞かせをする活動に従事。 フィールドワークではカンボジアの村で電気のない井戸水で体を洗う生活を経験。

夢を語る「D-bar」から「D-school」プロジェクト

2007年からビジネスつながりの仲間たちと毎週金曜日に表参道のBarを貸し切り、夢を語る場「D-bar」を始める。2009年、そのBarを閉める時に、貯まっていた資金にファンドレイズパーティーで集めたお金を足して、フィリピンのサマール島に学校をつくる。(「D-school」プロジェクト)

NPO法人ブラストビートの立ち上げ

2009年8月より中学・高校・大学生に生きる力を届ける団体「NPO法人ブラストビート」の代表理事として立ち上げる。メインプログラムは、100日間で高校生や大学生らが会社をつくり、音楽イベントを立ち上げ、利益を寄付するというもの。教える役割のメンターを社会人やプログラム経験者がすることにより、無償(恩送り)で提供することを可能にした。これまでに、60以上の会社が立ち上がり、延べ400名以上が参加。( 60高校、6専門学校、84大学・大学院から参加)
中には特別プログラムとして、ゆず・北川悠仁さんが発起人で国連UNHCR協会と協働した難民キャンプの若者を音楽で応援する「CampBeat」プロジェクトや、国際交流基金の助成のもと、日本と韓国の若者が一つの会社をつくり両国で音楽イベントを開催する「日韓ブラストビート」、NGOピースボートと協働し、ベネズエラの「エルシステマ」を中心に平和をテーマに音楽イベントを開催するなどをした。
その他にも、社会人に学校の中で授業をしてもらうキャリア教育の事業や高校生インターンシップ事業などを展開。実務教育出版が制作した高校生向けのキャリア教育教材「みらいのジブンの設計図」に編集協力。(2017年9月代表理事から理事に)

ギフト経済ラボの立ち上げ

2012年から、優しさや恩送りが循環する社会をつくる活動「ギフト経済ラボ」を仲間と立ち上げる。(恩送りとは、いただいた恩やギフトをその人に返すのではなく、他の誰かに送っていくこと。英語では “Pay it forward”。この恩送りをコンセプトにしたレストラン「カルマキッチン」を運営。「あなたの食事代は前に来た方が支払ってくれています」というコンセプトにしてこれまで不定期で21回開催し、貯まったお金の一部を他の地域のカルマキッチンにも寄付として送っている。その他にも、恩送りで学べる「ギフトスクール」、恩送りで映画 「Money&Life」が観られる上映会イベントなどを開催している。

その他の特徴的な活動


ブラストビート立ち上げ前に実は・・・

NPOカタリバで大学生に交じって高校に行っていた。関わった高校の企画は2009年9月~12月で11校。そのうちの都立世田谷泉高校についてはプロジェクトリーダーを務める。その他にも学校現場を知るために、都立日本橋高校でバレーボール部のコーチも経験。

教育・学びの未来を創造する教育長・校長プラットフォーム

2018年3月、文科省の有志の若手職員が立ち上げ、教育長や校長、教育関係者が参加するプラットフォームに継続参加中。「2020年、さらにその先に待つ社会を見据え、子供たちが未来を生き抜く力を身につけるための対話をおこなっている。これまで第1回総会や分科会「公教育の未来~学校に馴染めない子供ももっと輝く学びの場を考える~」などに参加。

秋田県・五城目町の小学校新校舎づくりプロジェクト

2018年1月~3月まで五城目町 教育委員会と「スクールトーク」という住民が主体で新しい小学校の校舎や環境を考える対話の場を全3回開きました。たくさんのアイデアが出て、建設事務所の協力のもと多くのアイデアが実際の設計に盛り込まれました。私はコアメンバーとして準備から関わり、また2020年の教育改革についてはプレゼンもさせてもらいました。

「東京シゴト小学校2017」社会人先生

2017年11月に小学校5~6年生を対象とした学校外のキャリア教育イベント「東京シゴト小学校2017」の社会人先生をさせてもらいました。私のテーマは「マーケティングのお仕事」です。その他にも子ども達が知らなかった土木・建築、編集者・ライター、イラストレーター、人事、公共空間プロデューサーのお仕事など体験する機会となりました。

後援会のご案内


松浦貴昌後援会では、松浦貴昌氏の政治活動を支援して下さる会員を募集しております。政策や信念に共感していただける方であれば、どなたでも入会いただけます。入会費や年会費などは一切かかりませんので、ぜひともご支援いただけますよう、お願い申し上げます。お知り合いの方もぜひご紹介ください。

後援会の目的は、松浦貴昌氏の社会的・政治的活動を支援することで、街の発展と住民生活の向上を図り、あわせて会員相互の親睦を深めることです。また、そのための座談会および研究会を開くほか、資料やレポートを配布し、必要な事業を推進していきます。

誇れる街を未来の次世代に引き継ぐために、松浦貴昌氏の活動にご協力をお願いいたします。

後援会事務局長 村越 力